安藤勝美 俳句 短歌 一寸いい話
安藤勝美 「俳句」
「野川の四季」
「野川」とは家の近くのハケ（崖）下を
野川公園に沿って流れ、多摩川に
注ぐ川の名である。
とても俳句といえる代物ではなく，
きままな一言随筆である。
題 頁
春光（2000年） １
四季 7
愛すべきものたち（2002） 12
古希に思う 17
さまざまな国にて 21
スペイン。ギリシャ。
アルジェ。パリなど
能登の旅（1990年代 36
わが友猫 38
棚田の秋 42
喜寿 45
新しき年（2010） 51
東日本大震災 58
カラスウリ（2012） 65
年あらた（2013） 68
新年（2015） 74
１ 春光
春の夜の寿司はさよりの淡き味
人群れて人の散りゆく春の駅
露草の藍集めてや春の空
春風や犬と歩きし日の遠し
春寒や検査良好燗あつく
てんぷら屋ほろにがき昼の蕗の薹
春憂やされどいのちの飯を食う
キャンパスに花降りゼミは薄曇り
講義録棚に収めて春時雨
（２００0年）
1 晩春
猫飛ぶや五月果てなく流れゆく
春嵐子猫かけくる夜の寒さ
春嵐子猫おびえる闇の音
蟷螂を狙う子猫も片手あげ
いざ一戦子猫蟷螂とにらみあい
去勢せし猫に寂しき春の雨
（2003年）
春灯
母逝きて春の夜風が訪ねくる
（母・97才で）
春の雨ともしび沈む通夜かな
葬儀終え小路静かに花吹雪
故郷は遠きにありて花曇り
梅雨寒や離郷はすでに六十年
春空の彼方訪いたき町ありき
春の潮重く流れる北京デモ
春の夜やオウンゴールに泣く男
１ 佐渡
佐渡遠し酔い覚めて荒き波の上
荒海や船酔い宿酔佐渡遠し
（1990年代・
金沢での学会）
１ 四季折々
春堤
犬ふぐり土手のっそりと目覚めたり
裾に風遊ばせ春の人すぎぬ
春の野の道別れ行く草のなか
鯉群れて春の出水を上り行く
春の闇鉄橋に一筋光りゆく
三鷹の大学にて
大試験 雨雲くらく咳ひとつ
大試験 学生一人ひとり去る
受験子をまぶしくてらす春日差し
受験子の耳ろうしゆく春嵐
春の雲ぽっかりとうく教授会
春うららされど合否の教授会
（大学の教会にて）
春一番うなり過ぎゆき卒業す
教会の卒業式や窓に春
春雨にチャペルの聖歌新入生
入学式賢そうなる顔ばかり
春うらら「金ペン堂」の新入生
「金ペン堂」は
神田の万年筆屋）
春風や七十路最後の講義あり
春風と妻に定年見送られ
古希定年春風まとい門いづる
定年や桜吹雪の道かえる
(2002年 春)
１ 春うらら
花吹雪ともに老いゆくわれと犬
ダンプ過ぎタンポポ揺れる白い道
旅立つや小川飛び去る鴨の群れ
木々の芽の煙れる森の小雨かな
夜半目覚め冷たき酒や春二番
生きしほど生きることなき花起こし
１ 春草
鮒はねて鴨さりかねる春の川
小鷺追う鮒の逃げ行く春の水
犬ふぐり大地ゆるがすもぐらかな
春雨にふと手振りする踊り子草
水木の花すべてが酒杯天をむく
つかの間は晴れてまた降る春の雨
すいば噛む少年の日の遠きかな
春憂や襟に残れるぬくみかな
屋根裏に迷いて去りぬ春の鳥
春風や壷中の酒を醸しけり
窓のバラ遠きポプラと語るよう
つむじ風つと花びらの立ちて舞う
浅瀬上る鯉の背びれに春光る
花びらの寄せて静もる池の岸
春の雨敷石ぬらすほどに降り
春嵐目覚めて帰る夢の中
爆走す夜汽車意志あり梅雨はげし
梅雨晴れ間中央線は空のなか
空梅雨の小坪の庭に水を撒く
海老天やビールあおれば梅雨あける
１ 戦時中の農村動員
中学2年
代掻きの一仕事終え風さやか
春風やおつむぐらいのにぎりめし
（10時 タバコという
中休み、赤ん坊の頭
ぐらいのにぎりめし
を食う）
馬洗う小川に馬糞のながれゆく
動員を終えて帰れば戦止む
１ 秋日和
鴨の子の競いのぼれる出水かな
時雨空陽は白々と雲の陰
時雨るるや陽は水底にゆらめきぬ
秋日和光の踊る講義室
講義終え秋風の吹く酒場かな
焼鳥屋肉をくらいて熱き燗
そばつゆの香るホームや秋時雨
秋日和テニスボールの影長し
かなかなや森一点に凝縮し
１ 年新た
白鷺の黒き影飛ぶ冬の川
雷の来て遠ざかる冬の雨
街遠く年終わる日の静かなる
物すべてその影を持つ初日かな
年あらたすべて静かに鳥の声
(2002年 詠)
１ 愛犬ロッキー 天命15歳
平成14年（2002年）
4月12日朝８時
寒月やハスキーしのぶ雪の国
オリオンを眺める犬の寒さかな
春の朝老犬もらす悲しげ
春雷や消え行く犬の目に涙
老犬の涙一筋春に逝く
春寒や小さき壺の犬の骨
桜ばな犬を偲べば笑むごとく
（雪の野を駆けるのが
大好きだった）
今日もまた吹雪く天空駆けおらん
四季
１ 初春
春雨や梢にゆらぐ破れ凧
春の雨野はしっとりと群雀
正月も護岸工事や通り雨
芽吹く木々蒼空ゆれる春一番
一本の道のきえゆく春の空
白々と道遠くして春の風
春風や桃にこぶしに花おこし
さんしゅうや雲間に淡き春やどる
１ 緑夏
日曜のビルに人影初夏の宵
風みどり学会報告静かなり
夏学会報告者のみ覚めており
夏の月急ぐ鳥あり博多駅
筑紫野の車窓左右に麦の秋
トンネルを抜けて積乱雲の中
烏追い蝉鳴き逃げる大河かな
望楼に烏見みつめる夏の川
故郷は蛍飛び交う闇の奥
夏雲や鉄塔高く人歩む
夏風の臑よりのぼる昼寝かな
菊芋の咲くは敗戦記念の日
臨海にいく子の涙子犬なめ
竹節虫や風の吹くまま枝となり
（ななふし）
１ 秋冴える
秋冴えて蟷螂鎌を陽にかざす
子かまきり天下制して塀の上
子かまきり肩いからし本よぎる
時雨るるや陽は水底に沈みいる
水色の空より流る秋の川
秋の坂小石すべてに孤影あり
しょうしょうと闇吹き抜ける秋の風
秋風や声沈みゆく講義室
秋の陽の窓辺にゆらぐ講義室
秋の陽や白き街には白き風
わが定め切符にありて秋の風
木枯らしや烏流るる茜空
枯れ林命を燃やす蝉ひとつ
しおからのふいとつがいて風に乗る
犬老いて寂しき顔よ秋の風
嵐去り天に一筋秋の雲
メタセコイヤ太古の秋を吹きにけり
１ 鯖雲
薄掛けにふいにおそいし寒さかな
鯖雲や岬を越えて海の果て
鯖雲や岬の果ての潮路かな
秋空に雲の洞門風の道
銀杏燃ゆ不動明王結跏趺坐
百舌鳴きて秋高らかに告げにけり
百舌一声天下制して国造り
鰯雲百舌の一声野を征す
百舌の声高々としてさびしかり
百舌の声幾億年の宇宙かな
子の若さそれもよしとす柿をむく
天空の旅の終わりや入り日燃ゆ
三日月や枯れ草映す秋の川
秋風や三日月くわえ魚眠る
秋の陽やわが影映す大河かな
晩秋や人それぞれの命かな
汽車もまた旅の人なり秋の風
山陰の旅の昼餉は黒き蕎麦
秋出水堰こえてゆく魚の影
人寄よりてひそひそはなす出水かな
噴水の登りてきゆる秋の雨
１ 冬日和
尻一つゆったり上る冬の坂
小春日や大河覆える雲の影
冬日和丘の上なる同じ家
一葉散りまた一葉散り森静か
冬日和白き街飛ぶ飛行船
冬日和蓑虫小さな旅に出る
白鷺に烏歩み寄る冬の雨
冬枯れに再校もなく人生きる
冬枯れや誤植だらけの人生よ
木枯らしや医師の診断聞こえざる
木枯らしや犬の寝言の哀れなり
木枯らしや父と会いたる夢はてる
病むメジロ拾い手の中雪の道
鬼は外家にいるのは魑魅魍魎
熱燗やテレビに映る冬の海
白き峰夕陽にしずむ通夜かな
白き峰孤雁去りゆく通夜かな
仕事始め満員電車陽のあふれ
１ 愛すべきものたち
わが家の犬と猫
亡き犬の駆けたる野辺は吹雪おり
亡き犬の寺は静かに春の雨
若葉道犬と歩みし日もありぬ
春浅し妻の後追う子猫かな
子猫走る命あふれる青嵐
猫の目の深き緑に春の色
ボールはね猫の影飛ぶ花曇り
春うらら幸せかいと猫に聞く
去勢せし猫に寂しき春の雨
去勢せし猫の寄り添う梅雨の夜
秋空に猫あくびして雲動く
雪つもる夕べ静かに猫眠る
亡き犬の駆けたる野辺は吹雪おり
亡き犬の寺は静かに春の雨
春浅し妻の後追う子猫かな
子猫走る命あふれる青嵐
（2002年２月）
(以下二週間の不在の間、残念ながら数年分の俳句が
すべて消える。理由不明。復活はできないよう？
2016・10・1８
息子に直してもらい、短歌は復活したが、俳句は一
部のみ復活。幸い15年末までの句をコピーしてたの
があったので、書き直している。10・31）
１ 春の猫
猫の眼の深き緑に春の色
ボールはね猫の影跳ぶ花曇り
春うらら幸せかいと猫に聞く
去勢せし猫に寂しき春の雨
去勢せし猫の寄り添う梅雨の夜
秋空に猫あくびして雲うごく
雪つもる夕べ静かに猫眠る
１ 昭和去る
（昭和64年・1989年1月7日）
春 昭和が重い足取りで去っていった
指輪つくる妻もつ鋼春光る
秋雨や妻と炬燵とヌーボーと
過ぎ去りし日々の重さや椿ちる
１ 病院にて大腸検査
窓越しに時雨空見ゆる内視鏡
内視鏡おならひびける時雨かな
１ 四季の風
春光
凧糸に小さき春のつたい下り
春はいま風の背にのり土手ながる
犬ふぐり空の青さを集めたり
犬ふぐり佛の座さく土手の道
春風を乗りついでくる土手の花
春の雨鉄路ひかりて闇の奥
反日の嵐粛然と桜さく
春風や黑蝶ひとつ土手ながれ
筍の飯や菜の汁菜のひたし
芽吹きたる青桐の影鳥よぎる
春めくや古希の命のよみがえる
雷鳴や天一転し梅雨あける
音もなく草ののびゆく薄暑かな
抱かんとすれば逃げゆく春の猫
子猫走る影のかすかな花曇り
パソコンの故障虚無感深き春
梅雨月夜空いっぱいの雲うごく
処分すべき日記書きおり梅雨の夜
スターウオーズ 梅雨の夜空に銀河あり
（2001年）
若草
梅雨激し学生休むこと知らず
梅雨晴れの空青春のあわき藍
（ICUの卒業式）
春雨やいかに生きんと卒業す
春雨や裾からげゆく卒業生
別れてはそれぞれ生きる卒業生
それぞれの人生あらん卒業す
花つぼみコメンスメントと卒業す
（2000年 春）
１ 野川
（近くの公園の川。
20年前は良く渇
水していた）
野川には水なく草の道となる
小川かれ雑魚の静かな水たまり
水かれて小魚小石を墓標とす
颶風襲う森に鋭き鳥の声
風起こり森一面の鳥の声
鷺一声叫び鋭き青嵐
（2000年 夏）
１ 初夏
友皆の老いの宴や夏座敷
初夏の夜は友となつかしバーめぐり
震度五度夏の天池の揺れにけり
子猫走る小さき家は青嵐
涼風の吹き出す峰を訪ねたし
１ 夏休み
埼玉の大学の前期の講義を
終え、夏休みとなる。
（1970年代後半）
講義終えぬ鉄路の果ては夏の海
前期終えぬビールキラキラ冷えており
遠き友教壇に死すと夏だより
新しき電気釜にて夏食らう
遠雷や南の雲に火の走る
庭ふくらむ台風音なく迫りくる
乱雲の彼方一人子留学す
月食や猫の眼かげる熱帯夜
１ 鰯雲
姉は病み妹は古希鰯雲
秋風や鼻毛切るさま猫みつめ
新米のお代わり妻の手を借りず
かなかなやなきて一村静かなり
百舌鳴きて菊片隅に冴えにけり
百舌鳴きて雲の旅ゆく深き藍
小川辺のぬくめる石のアカネかな
噂行く裏道細道みぞれ道
人は老いやがて枯れゆく草紅葉
港町来る船行く船時雨おり
コスモスの枯れたる束をくくりけり
ヤブガラシ払えば赤いからす瓜
留学の子の部屋にひそと虫が鳴く
秋晴れや検診終えて花を買う
秋風や鉄路の果ての国境
銀河冴え風のながれに身をまかせ
処分すべき秋の日記を書きおりぬ
小春日や切なき猫の初想い
秋の海波頭の兎幾重にも
秋風やうさぎ跳び来る波さびし
１ 雪雲
鉄塔に烏黙して吹雪おり
冬空の群青染まらぬ烏かな
藍に藍深く沈める冬の空
冬空の一点の雲動かざる
雀にも序列のありや雪の餌
木枯らしや鉢五つ六つ隅に置く
子は遅し今夜は吹雪くと予報あり
河豚くえば舌に残れる紅葉かな
白き峰孤雁去りゆく通夜かな
小路七軒二月となれどまだ会わず
冬の夜の底に寝ている子猫かな
猫丸く毛玉のように寝る寒さ
冬銀河春はほのかに光りおり
寒月や天空の果て照らしおり
雪の夜や孤影消えゆく白き闇
凩の帰るところは春の闇
１ 古希に想う
（満70歳。大学定年退職。
2002年）
七十の命の灯り雪やまず
七十の命窓辺の花に水
講義終え日脚のびたる街にでる
黒板に向かい背にして春定年
講義ノート整理せぬまま退職す
われ定年シャンパン妻と祝うかな
定年や春の空ゆく迷い雲
１ 大蛾
大蛾舞う最終すぎし中野駅
１ 花筏
花筏軸先そろえ流れゆく
花筏動くともなく流れおり
教え子が母となりたる夏だより
１ 時雨
（2003年詠）
猫の恋切なく鳴きて冬の雨
猫の恋氷雨降る夜の軒の下
恋やつれ寄り添う猫や初時雨
猫つがい恋の冷めたる時雨かな
猫手術家族ひっそり冬の夜
去勢せし猫のみつめる時雨かな
猫夫婦寄り添い見つめる初時雨
子猫病み親猫寂しき冬の雨
１ 時雨
（2003年暮）
冬の雨まよいつ晴れ着選ぶ妻
宿酔に根深の汁や冬の雨
１ 月島
月島の時雨の夜や鍋囲む
月島の鮟鱇鍋や冬の雨
月島の路地に雨降る鍋の湯気
冬の雨八丁堀の夜の深さ
１ 冬空
冬空の群青機影音もなく
小雪降るかわせみ一瞬魚とらえ
冬の池かわせみあわき影おとす
新宿や吹雪にいそぐ人の影
妻眠る猫寄りそえる寒さかな
猫夫婦湯たんぽの上に寝る夜かな
ペン持てばインク切れたる冬の雨
冬日和推敲すすまぬ講義録
１ 春近し
雲間もる陽のほんのりと春めきぬ
正月やお重揃えぬ老夫婦
風光る妻ささやかなお節かな
妻老いて雛も飾らぬ春となる
やきとり屋肉くわえれば春の風
１ ルピナス
（2005年春）
ルピナスを植えて͡小庭に春あふれ
ルピナスの花のぼりゆく春の空
猫ふいと春の隙間に入りゆく
ゆったりと春雲湧きて空動く
土手一面菜の花ゆらし貨車すぎる
春の富士 土竜の如き雲吐きぬ
子等とらえし泥鰌の細き春の川
癌告知 桜並木を妻と帰る
病院の 帰り重たき春の風
自動ピアの 病院ロビーの「春の歌」
春寒や 癌抱き寝る 夜の深さ
春雷や 夕べ命を 洗いおり
１ 武蔵境の病院にて
（74歳の折、千葉の大学で集中講義。
講義の準備のため夜遅くまで仕事
をしていたが猛烈な腹痛に襲われ
る。救急車にて大網の病院、即時
入院と。翌日、妻と息子が車で迎
えに来て紹介状を持って日赤に入
院。
肝臓、腎臓、膵臓と次々に病んで
一か月余入院してようやく退院す）
（ 06・8・23～9・26
の長い入院）
秋雨や病院奈落の底にあり
点滴の棒の先なる秋の空
時雨るるや点滴わが身の中にふる
夏雲を秋雲払い地は静か
GTP800極楽浮かぶ秋の空
われ七四父も病みおりし鰯雲
山猫のひそむ病院闇深し
（夜中、遠くで低く砧を
打つような音が聞こえ
くる）
秋時雨病床に砧伝いくる
寒月や病床に誰打つ砧かな
退院す秋は耿耿まず一杯
１ 新緑
戦闘機音なく春の空に消ゆ
夕立や子猫緑を爆走す
（07・4・20）
１ さまざまな国にて
（単独での調査旅行や数度の政府ミッション
さらに科研費や家族旅行で４0いくつかの
国を訪れた。
数回訪れた国も多い。70歳過ぎてからの
回想である。）
スペイン
（モロッコで偶然大学の後輩と
合い。夏二人でスペイン各地
を楽しく旅行。）
アルハンブラ
（アルハンブラは中世にイスラム
王朝の作った城で、アラビヤ語
でアルハムラ（赤い城）という
幻想的な城である。
20世紀最高のギタリスト、
アンドレス・セゴビヤの名曲
「アルハンブラの思い出」が
ある。）
アルハンブラ中世の風香りくる
アルハムラ宴かすかにさざめける
アルハムラ海棠花（とべら）の香る丘の道
グラナダの古城に真夏の夢みたり
フラメンコ酒と料理の夏の宵
フラメンコうら若き娘の清楚なる
踊り終え少女赤子を抱きおりぬ
闘牛の牛の哀れや引かれゆく
ギリシャ
アニスほのかアテネの春の小路かな
アニゼットアテネの春の夜の香り
パンテオン蒼空に古代の夢えがく
アルジェの春と夏
「アルジェのカスバに入ると
さまざまな香料や染め物な
どの匂いがあふれてくる」
アルジェの春のカスバの香りかな
地中海春の風吹くカスバかな
ペペル・モコ下りし坂に春の風
（ジャン・ギャバンの映画
「望郷」でペぺル・モコ
がパリに帰る観光客の女
性を追って港へ。
殺人犯として逮捕の危険
をおかして。）
「カミューの随筆『チパサの春』
のチパサを訪ねて。アルジェ
の近郊にあるローマの遺跡)
森深く誰やら話す春の声
神々の目覚め囁く春の森
ひそひそと神々語る春の森
春風やチパサの神のさざめきぬ
アラブ料理ワインに夏の海の風
旅に病んで夏のカスバのホスピタル
（1964年6月。アルジェリア
大統領ベンベラ追放のクー
デター。その直後、チュニ
スから急遽アルジェに入る）
アルジェの春の闇濃きクーデター
（大統領官邸の前にて）
ピストルを突き付けられ春の宵
クーデター銃口光る春の宵
春の宵円柱のかげの機関銃
モロッコの春
（1963～65年モロッコ滞在。
アルジェリアにまだ日本大
使館が設置されなかったの
でモロッコにて「民族の自
決権と国際法の変容」を研
究。
しかし、中世のアラブの
雰囲気を残すモロッコはき
わめて魅力的だったので引
き続き滞在。
北アフリカ、ヨーロッパに
て研究旅行。その後も幾度
かモロッコ訪問。）
カサブランカ メジナの春のラバの声
（メジナ＝町のこと）
雨期明けぬ野はコクリコの花盛り
（コクリコ＝ひなげし）
雨期あけぬ緑の原野罌粟もえる
地平線緑はるかにラクダ行く
地の果てに星座のぼりくるサハラかな
満天の星動きゆくサハラかな
茫々と地球寂しきサハラかな
サハラの夜 ふとふりかえるサソリかな
「 春、モロッコの地平線に砂漠の
砂嵐が季節風で湧き立ち、はる
か地平から街に迫ってくるのが
見える。シロッコという」
シロッコの沸き立ち迫るカスバかな
シロッコの地平はるかに渦巻ける
サハラの旅
蒼空やサハラ覆いて地の果てに
地の果ては空の果てなるサハラかな
蒼穹や地平の果てのしじまかな
蒼空やサハラかすかな時の音
蒼空や命秘めたるサハラかな
（かってのサハラの旅
を思いて。
14・10・3詠）
チュニジア
（フェニキヤ人の古代の都市
カルタゴを幾度か訪れて）
カルタゴの古代の墓や夏の風
（カルタゴの墓地には
子供の小さい墓が多
い。）
カルタゴの子供の墓や夕日影
(チュニスの民家は白壁に
青い窓枠、加えて蒼空と
その青を映したような地
中海と。すこぶる幻想的
である)
チュニス湾白壁に青き窓の町
白壁にブルーの窓の岬かな
チュニジアの青空映す海の色
チュニス湾浮けば果てなき地中海
リビヤ
「リビヤ空港貴賓室にて。
1970年代・出迎えのリ
ビヤの大臣と向かい合う
われわれ日本政府使節団
の間を、一匹のサソリが
尾を揚げ悠然と歩いてい
る」
貴賓室歓迎式のサソリかな
貴賓室大臣（おとど）に迫るサソリかな
セネガル
「首都ダカールの対岸にゴレ島
というかっての奴隷の積出港
がある。その牢獄が残ってる。
幾たびか訪れて」
ゴレ島の奴隷の牢に潮寄せる
奴隷運びし幾百年の波の音
奴隷の牢幾千万の声ひびく
コンゴ（旧ザイール）
「 コンゴ川の広い川面一杯に、
無数の布袋草が静かに流れて
ゆく。やがて大瀑布に砕かれ
海に消えてゆく。」
コンゴ川布袋草無限に流れゆく
布袋草海に消えゆく定めかな
布袋草瀑布に砕かれ海に消ゆ
わが影の揺れる大河の夕日かな
コンゴ川大魚の眠る月夜かな
ブラジル
「 1980年代。たまたまリオの
カーニバルあり。友人に誘わ
一夜楽しむ」
カーニバル夜を通しての踊りかな
カーニバルサンバ物憂き白き朝
カーニバルいまも耳にはサンバ鳴る
アマゾンや太古の想い流れゆく
「深い渓谷の上に無数の
モルホ蝶が青く輝きた
だよっている 」
渓谷に光ゆれ飛ぶモルホ蝶
モルホ蝶谷に緑の群舞かな
１ パリ
「1963年以来たびたび訪れ、
79年から２年間、16区の
パッシー近くに家族と住
む」
「1963年秋、初めてパリに」
ホテル出て下れば秋の凱旋門
シャンジェリゼー初めて歩む秋の暮れ
秋雨やカルチェラタンの灯のあわき
カルチェラタン光子という店秋深し
ラ・セーヌとカタカナの名のバーありき
（昼下がりパリの人気のない
下町を歩いていると、ふと
見上げた軒下にエデット・
ピアフがここで生まれたと
書かれたプレートが目につ
いた。）
夏風やピアフの生家静かなり
ヴァカンスのパリの裏道風の道
パリの空二重の虹に夏来る
パッシーの夏はヴァカンス雲の峰
（パッシーは16区の商店街）
女医笑みて青き瞳に春光る
（セーヌの川岸に住居用の
船がたくさん並んでいる。
ペニッシュという。）
セーヌ川人住む船に春の雨
セーヌ川氷雨の船の子犬かな
セーヌ川たどる河口は春の海
パリ大のブース静かに夏くれる
霧深きリヨンの夜のレストラン
カンヌの夜老いたる博打の物語
カンヌの春老いたる博打と一勝負
落葉のパリに別れを告げにけり
家族して住みたるパリを秋去りぬ
１ ミクロネシアのポナペ島
（ポンペイ島。
1980年代調査旅行。
もと日本の委任統
治領。）
ポナペ島犬の見つめる青き海
用ありげ犬急ぎゆく炎暑かな
（この島では時に
犬を食らうと。）
ポナペの犬悟りきったる昼寝かな
用ありげ犬急ぎゆく炎暑かな
ガムの海沖まで海鼠踏みてゆく
南海や海底深く雲動く
（うなぞこ）
（滝底の大うなぎは
神の使いなので食
べないと。 ）
滝壺のうなぎ寝釈迦の姿して
滝壺の悟りきったるうなぎかな
ポナペ島老兵語る日本語で
老兵の語る日本語品ありき
ポナペの人昔語りを日本語で
１ 初夏
（2007年6月～7月）
風そよぎ若葉ゆらして辞書めくる
サイレンや初夏の街角曲がりゆく
青嵐白き腹だし寝る子猫
梅雨晴れ間窓辺に青空見てる猫
癌潜む手術は梅雨の開ける頃
梅雨開けて四次元の街浮遊せり
夏の月二つの国歌キックオフ
１ 法師温泉
（友人の遠縁という温泉に
二度ほど友人たちと訪れ
る）
法師の湯湯船に長き木の枕
法師の湯長き木枕つくつくし
かなかなや湯船に沈む法師の湯
１ 学会の帰りいろんな
土地を訪れて
角館や葉桜おおう武家屋敷
金沢や兼六友禅春の酒
高松のうどんのたれや春かおる
学会終え卓袱料理の春の宴
仙台の夜のさざめき酒とホヤ
京都もしばしば
先斗町通れば古き春の宿
春の宵祇園さざめく酔いごこち
紅柄の秋の小路の舞子かな
木枯らしや紅殻格子に灯がともる
１ 桑の実
桑の実の黒ずむ空や夏闌ける
桑畑抜ければ夏の海がある
颶風湧き千八百ミリの雨瀑布
猫二匹風の通い路えらび寝る
ボクサーの右腕夏の夜を砕く
１ 夏の病院
夏日さす癌病棟の夕餉かな
手術待つ病室夏の空燃える
癌病棟患者それぞれの夏の朝
癌手術命ながらう積乱雲
癌手術禁酒やむなき青嵐
１ 夏たける
人事めぐり夏の暑さの極りぬ
（2007・8）
夏たける書斎や西の空燃える
蜩や人みな西へ歩みゆく
新宿に行く気もおきぬ酷暑かな
酷暑去らず秋の帽子をだしあぐね
講義録酷暑おそいて進まざる
集中講義終えて酷暑にのびており
旅疲れ縁にねそべり冷やし酒
冷奴鮎鮨夕顔心太
１ 宰相辞任
秋澄むや宰相自らテロしたり
（07・9・12）
宰相の復活戦や夏うだる
（2013年 夏）
１ 鎌倉に人を送る
（友人の音楽家の奥さんの
葬儀あり。2007年 春）
鎌倉や亡き人送る春の風
レクイエム鎌倉の春の人惜しむ
風みどり鎌倉の空のレクイエム
古都の春人を送りて献杯す
鎌倉や大塔の宮のバスは春
鎌倉や大仏のごとき春の鯛
（五年後その友人もさる。
40年からの飲み友達。
後、同じ大学に勤める。
聖路加国際病院に見舞
いに行ったのが最後と
なった。）
じゃあまたねと言いたる春の戻らざる
１ 秋の譜
（2007年）
からす西へあきつ草原に伏しており
秋の雲窓一杯に移りゆく
秋空の果てなき彼方墓標あり
飛行機雲戦乱の地の秋の空
（病院で膀胱がん手術。
07年 ）
膀胱がんとりて涼しき街にでる
膀胱がんとれば身軽き秋の風
（帰郷して）
父の墓木枯らしふぶき動かざる
１ 秋雨
金柑の花によりそう蝶一つ
秋雨や葉裏の蝶の息遣い
秋の蝶雨に消えゆく命かな
枯れ菊の切る手止めたる残り花
枝切られ櫟冬空の立つつくす
巻雲やわれと妻子と猫二匹
秋空の底に子猫の寝ておりぬ
猫の舌ほんのみかんの房一つ
秋深しわれに妻子ある不思議かな
飛行機雲崩れて秋の雲となる
飛行機雲百舌の一声雲となる
百舌一声虚空に寂しき国づくり
小さき秋残して灯る小菊かな
小春日やビル覆いゆく雲の影
蝶落ちて秋空崩れたり
（秋はスポーツ）
木枯らしやヘデングに沸くサポーター
ボール一閃サッカー会場熱狂す
１ 冬ざれ
（2008年）
蝶一つ冬ざれの土手流れゆく
凍て蝶の這いゆくごとく土手ながれ
新米やふるさと遠く風吹おり
飛行機雲ただ一筆の冬の空
木枯らしや柚子湯上がりて熱き燗
木枯らしや妻に添い寝の猫夫婦
酔い覚めのくしゃみのつづく夜の寒さ
喪中のはがき日ごとに多き師走かな
風邪ひくや薬などよりまず一杯
姉入院心許なき冬便り
（08・1・24）
地吹雪や鉄路の果ては白き闇
雪しまき街灯あわき白き闇
１ 初春
昨日雪今日春一番の青い風
佐保姫の荒き使いや春一番
１ 荒木町
（四谷の荒木町・かって、
良く飲んだところ。
08・2・11 詠 ）
春ともし友と連れ立ち荒木町
春風や提灯さざめく荒木町
荒木町小路曲がれば春の風
荒木町灯うるむ春の雨
熱燗や馬生と相席荒木町
（落語家の馬生師匠。
残念ながら遠くへ
旅立った。
82年９月）
１ 春めきぬ
春めきて留守居きままに昼の風呂
朝風呂やガラス戸越しに春光る
つややかに敷石ぬらす春の雨
ダッタンの黄砂や春の森静か
春の雲見つめる猫のいとおしき
春の夜の遠き灯をみる子猫かな
１ 小田原で友人の葬儀
（散歩に出て十ヶ月後、
行方不明の友の遺体
が見つかり葬儀あり。
1963年モロッコで
知り合って以来の
友人）（08・3・2）
梅林に遺体眠れる春の雨
花の下四季を過ごせし日の重さ
（サハラに旅す）
アトラスを越えてサハラの星の下
（カサブランカにいた
友人と三人でモロッ
コ各地に）
モロッコの古都から古都を春訪ね
１ 若き日にともに
研究所にありし
友の葬儀に
（08・3・12）
増上寺霞ただよう葬儀かな
春浅き増上寺に友を送りけり
友送り春の飯店献杯す
組合をともにつくりし春ありき
１ 春動く
春の雲
春の雲悟空の昼寝幾千年
新宿も行くことまれに春くれる
桜花水なき川に散り敷ける
滅びゆく地球の春の静かなる
鼻風邪や庭に花咲き蝦蟇いづる
春の月
ルンルンと月のぼりくる春の街
水球の春のほのかな月の暈
（08・4・11）
春の猫
猫抱けば春の命のたしかなる
春の猫あふるる命の重さかな
猫とわれ緑あふれる庭の中
春の雨敷石濡らすほどに降り
後期高齢その後なにぞ春寒し
高齢も後期といわれ春暮れる
（08・4・12）
春便り
教え子が検事となりぬ春便り
春浅し若き検事と飲みにけり
春の雨枯れ川に細き水流れ
やどかりの渚に遊ぶ春の雨
１ 能登の春
（1990年代。
金沢の学会の
帰り。）
能登の春無数のクラゲうかびくる
奥能登に小さき春を見つけたり
春雨や酔いのつのれる佐渡の海
佐渡遠し波の底なる春の潮
春の路地
鯉のぼり路地にひさしき男の子
春の川青鷺金の目をくばる
春の街黄昏急ぐ人の群れ
春の街夕焼け空に人いそぐ
１ 喜寿は来年のことなれど
（08・4）
喜寿の春されど知らざる事多き
喜寿なれば無為も可とする半夏生
衣替え老いを認めず若きまま
１ 春たけなわ
梅雨
梅雨晴れ間緑もえゆく秩父まで
梅雨明けぬ風を客とし対酌す
春の月野川は長き金の糸
ゆすら梅
ゆすら梅ふれなば赤き実のこぼれ
ほろほろとゆすら梅散る宵の風
検査終えわれに癌なし初夏の街
タンポポのおおかた散りぬ初夏の道
水槽の田螺田植えをなつかしむ
不如意と息子夕餉に帰る初夏
にわか雨去りて深まる五月闇
梅雨空の満天動き月駆ける
梅雨晴れ間あの世この世の風通う
梅雨明けて大千世界の空晴れる
烏鳴き三千世界の梅雨晴れぬ
（08・7・2）
１ 夏の幻想
涼風や西郷どんは寄席通い
夏の宵西郷どんはうなぎ屋へ
（08・6・16）
１ わが友・猫
梅雨無聊猫は日記をのぞきこむ
夏風や猫の小鼻をくすぐりぬ
夏風の入るにとまどう猫の鼻
夏風を食らうがごとく猫あくび
（08・６・16）
（我が家の猫は読書が趣味）
書に飽きて猫涼風に吹かれおり
万緑や窓辺に風をつかむ猫
（08・7・16）
１ 地球自転
秒速三十キロ地球転がり梅雨明ける
秒速三十キロ地球の夏の海揺れる
（08・6・27）
夏至昼寝地軸とともに傾きぬ
夏風や人生の簿記めくりゆく
（08・6・28）
湧きあがる積乱雲や戦ありし
（08・7・1）
八月は鎮魂の日々南風吹く
蝉しぐれ敗れし日より鳴きやまず
戦敗れ闇米今も背負いおり
１ 雲の峰
雲の峰巨大な狆の座りおり
雲の峰 蟻 頂上を目指しゆく
雲の峰ピッケル持ちて登りたし
遠き日のわが影映す雲の峰
（08・8・13）
沛然と蝉しぐれ降る暑さかな
遠雷や雨気みちて森ふくらみぬ
（08・8・15）
この夏は蝉は遠くで鳴くばかり
青山椒つぶせば夏の香りかな
森繁のドラマの親父遠い夏
歳時記や指は初秋をさがしおり
歳時記の夏をしまえば夏戻る
（08・8・21）
１ 秋風
並木影一つ一つに秋ひそむ
小兵衛行く秋の夜風がふと冴える
（テレビデ「剣客商売」をみて）
（08・8・20）
限りなく波頭繰り出す秋の海
秋の海波頭限りなく寄せかえし
（08・9・1）
秋日和夏の忘れし雲の峰
釣瓶落とし家路は遠し魚籠重し
稲妻や夫婦それぞれ猫を呼ぶ
長きこと夫婦でありて柿みのる
われら夫婦猫の夫婦と壺の秋
彼岸花白き風吹く小路かな
鰯雲芭蕉のみたる江戸の空
（昭和29年卒の大学同期
の会。学士会館で）
秋深し老友集えばふと若き
同期会最後の集い秋ふける
（大学院生たちの
修士論文を読む）
学生の論文よろし秋日和
蜆蝶ひらりよりそい土手流れ
蜆蝶もつれあいつつ野を流れ
（08・10・4）
秋の雲変わるともなく変わりゆく
秋の雲変幻自在悟空飛ぶ
秋日和猫と空見る留守居かな
（08・10・4）
１ ひよどり
柿うれてヒヨドリからす脅しおり
秋日和軍機音なく北へ飛ぶ
（08・10・8）
木蓮の一花残して枝切りぬ
金木犀玄関いずれば香の満つる
１ 百舌の秋
百舌勘定それほど悪い鳥でなし
もず鳴きて大団円の夕陽かな
もず叫ぶ西空燃えて火の祭り
学会をちょいと抜け出し京の秋
喜寿近し時は無機質秋日和
秋桜ギギに刺されし日の遠き
１ 禁煙
（家族のために
25年前に禁煙）
換気扇母子の煙秋空へ
母子して煙で秋空つくりおり
禁煙を説けば母子は秋の空
秋雨や紫煙の先を猫みつめ
（その後妻子とも禁煙）
家族して禁煙したる夜長かな
秋の夜はそろりと伸びるあごのひげ
（08・10・⒕）
１ 棚田の秋
秋風や棚田の稲を吹きのぼる
秋の月棚田田毎にゆれており
（08・10・25）
秋空の果てのその果て墓標あり
秋時雨木守の赤き柿一つ
秋時雨冷たくゆれる柿一つ
神無月神々出雲に酔い踊る
神無月留守居の神のにごり酒
秋の雲群れなす鷺のすがたして
野分立つ烏はてなく流れゆき
１ 木枯らし
木枯らしや深山に醸すましら酒
木枯らしや新宿さらに遠くなり
秋日さす窓辺に猫の夢ながれ
秋の陽や猫 人それぞれ静かなり
わらじ虫時雨の道を急ぎおり
（国際基督教大の
一角に人知れず）
なんじゃもんじゃキャンパスに薫る人知らず
逃げよ雄 雌蟷螂の口開く
枯れ蟷螂 雄の恨みか崩れおり
１ 姪嫁ぐ
秋晴れや神宮の森姪嫁ぐ
秋晴れに楠薫り姪嫁ぐ
（08・11・22）
１ 時雨
夢覚めぬ時雨の包む夜の深さ
冬時雨ネットで探す晴れた街
時雨るるや黄菊の房のゆれかえる
時雨降る故郷のリンゴ蜜多き
（08・12・10）
時雨止み光芒たちまち地にそそぐ
木枯らしや白く透きたる昼の月
老いてゆく喜寿の体に冬日さす
かすかなる夢の名残りや冬の雲
猫眠るひげの先なる冬の空
（08・12・15）
（友の勲二等の受賞を祝う）
受賞祝う悪友どもの宴かな
（大学同期会。
昭和29年卒。
学士会館）
喜寿の秋同期青春の名残りあり
１ 氷雨
氷雨降る故郷に姉は一人病む
灯を消して時雨の音に包まれる
家人まだ柊の花に気づかざる
（08・12・15）
冬日差す
冬空の坂登りゆく人の影
九条は木守の柿か冬時雨
氷河溶けツバル沈みゆく空の果て
海に消ゆるツバルの椰子に風しずか
窓打ちて木枯らし伝えんことあらん
１ 喜寿
喜寿睦月四股なお若し湯にしずむ
喜寿の夜の冬の星降る祝いかな
喜寿祝うシャンパン冬の星座冴え
寒昴父祝わざる喜寿迎え
喜寿となるなすこと多き冬の雨
（09・1・13）
memento mori冬晴れの空烏群れ
（ラテン語 「死を記憶せよ」の意）
めでたさや二匹の猫と屠蘇祝う
猫眠る冬空遠く烏群れ
脚の間に猫来て眠る寒さかな
亀鳴くやわびしき冬の夜の雨
（09・2・2）
飛行機雲冬空一閃切断す
空凍てぬ彼方四次元の戦あり
１ 春寒
春寒や猫二匹いる暖かさ
菜種梅雨黄色いイグアナ住むという
菜種梅雨故郷の姉入院す
病重き姉の住む街菜種梅雨
１ 姉逝く
（2009年3月。80歳。
高校教師。茶道師範）
姉逝きて妹とわれの残る春
父母姉の逝きて二人や春の雨
残されし者をつつむや春の雨
姉の骨細々として菜種梅雨
（丘の上の姉の墓）
春の雨丘の上なる姉の墓
亡き父母も姉の墓前や春の雨
亡き父のソフト佇む春の雨
姉逝きぬ遠き別れの春の雨
１ 弥生
三月尽整理しきれぬ書斎かな
桜並木ともに歩みし犬は亡き
（いつもの枯川に雨）
春雨や野川に細き水の音
音もなくミサイルすぎる春の空
１ 春動く
鳥の尾の庇に踊る春の空
（09・4・14）
積木の街人形歩む春の宵
小路八軒男の子一人の鯉のぼり
若草の雨に伸び行く草葎
微震あり明日は検診五月尽
（09・5）
五月雨や太鼓止みたる運動会
１ 夏だより
老いてみな病抱える夏便り
友老いて病の便りおおき夏
異空間猫爆走す夏の闇
猫の舌小さく燃える暑さかな
１ 四季雑詠
徒然憮然無聊一人居走り梅雨
（09・8・15）
戦遠し腹出して寝る猫二匹
戦後遠し新米かおる夕餉かな
クレーン聳え夏の夕陽をつり揚げぬ
涼風やほのかな夕陽の香りかな
「風邪で寝ていると
猫が見舞いにきた」
風邪引けば夏風連れて猫見舞
１ 政変
内閣がまた代わったよいわし雲
内閣は新刊文庫彼岸花
１ 秋の旅
汽車の旅稲田遠くに秋の海
秋雨や蟹急ぎゆく渚かな
秋風や屋根裏ひそむはくびしん
友が皆病抱えてつどう秋
１ 秋涼
秋天や烏一瞬鳩襲う
秋中天烏白鳩つかみ落つ
襲われし鳩の影白き秋の空
（09・11・6）
襲われし白鳩ならん冬の空
（09・12・1）
日記捨てれば過去秋空に消え去るか
日記捨て秋空で頭洗いたし
秋時雨カリン色づく五つほど
１ 神無月
神集い出雲の国はさんざめき
神無月時雨を歩む音かすか
（09・秋）
１ 冬空
冬空に森繁昭和つれて逝く
冬空に山城森繁共に去り
(2009年、冬空に
二人の俳優逝く)
冬空に黒雲湧きてヘリ急ぐ
「遠くの二階建て
のアパートの風景」
冬日和アパート日曜洗濯日
冬陽射しアパートそれぞれ忙しき
冬の海天突きあげる波濤かな
冬の雲垂れさがりゆく瓦町
初時雨山茶花咲きぬ二つ三つ
なにもかも過ぎ行く日々の寒さかな
冬空の果てなき藍に烏浮く
「冬空に浮く烏は
永遠の存在と化
す」
鰯雲からす登りゆき無為と化す
冬空やはてなき藍にからす浮く
藍深き冬晴れからす登りゆく
１ 小春日和
冬空や茶室静かに崩されぬ
小春日や猫がメールを打っている
小春日や子猫はなんの夢ならん
喜寿同期病の多き冬便り
冬空の果てや亡き父母住みおらん
年の暮れ手紙の整理亡き人も
（09・12・20）
１ 耳鳴り
耳鳴りや冬空遠く軋みおり
耳鳴りや寒々として潮の音
冬空や地虫の鳴くや耳の中
冬の海波濤やまざる耳の中
1 つぐみ
喉いっぱい冬野さえずるつぐみかな
（病院の診断を終えて）
癌なしと妻と牡蠣食うレストラン
肝臓に癌なし昼の熱き燗
クリオネの雲一つ浮く冬日和
（09・12）
１ 新しき年
2010年 正月
除夜の鐘今年は病多かりき
喜寿過ぎてなお煩悩や除夜の鐘
冬の夜や猫抱く妻のくしゃみかな
時雨るるや妻の湯たんぽ猫眠る
大寒をふと忘れたる春睦月
一月の空一月の青さあり
大寒やはや早春の雲一つ
１ 冬晴れ
冬晴れや妻バンコックに旅立ちぬ
冬の蜘蛛日記のぞきて立ち止まり
ヒマラヤ杉 森黒々と冬暮れる
１ 早春
枯れ葎小さき青き草萌える
春の雲変わるともなくうつりゆく
浮雲や薄墨色に春くれる
春風やプラタナス遠く青みたり
プラタナスわずかに青む春の雨
友ら今宵春の宴や病む身独酌
人はしばしこの世の春をめで生きる
耳鳴りや春の便りの虫すだく
磯辺焼き春の昼餉に二個食す
１ 小学一年（1938年）
の思い出
あさぎりやカッコウつれて学校へ
ねぎ坊主今日もつぶして下校する
夏祭り父の袂をにぎりゆく
祭り終え墓場の近道父を追う
池つくり鯉を放てば夏たける
七夕の竹を流して父泳ぐ
「ハチ公という犬を飼って
いた。この犬が亡くなり
次の犬も姿形が同じなの
で名前も同じハチ公とし
た。かわいい犬たちだっ
た。」
学校に犬とかよいし麦畑
亡き犬の墓やぶの中菓子ほうる
（小学の一・二年。
山形の第三小当時）
１ 友人の告別式
「大学時代からの友人。
2010年年2月２0日。
さいたま市桜区の
式場にて」
ほほえみし遺影に若き春の日々
君逝きぬ妻子を春に残しまま
春めくやセーターに微笑む遺影かな
斎場やあふれんばかりの春の花
友逝きぬ仙台の春若き君
１ 芽立ち
父よ春です私も七十八になりました
（父数えの七十八で逝く）
くすくすと櫟ささやく芽立ちかな
家遠し桜並木の終電車
最終の電車消えゆく春の闇
桜並木電車通れば花吹雪
春の雲浮きてただよい消えゆきぬ
春の雲もぐら一匹吐きだしぬ
産院と外科病院は春隣り
１ 春の猫
猫眠る押入れ春の野となりぬ
押入れに子猫は眠る春の夢
子猫眠るその春夢なにならん
わがはいは寝るしかずと春の猫
兵ならず韃靼の砂襲いくる
明石潟散りしく花は笑むごとく
土手一杯甘草さやさや伸びゆきぬ
春風や花一斉にトーシューズ
勿忘草小川の波のふれゆきぬ
永き日や書棚をのぞく子猫かな
春うらら書斎は猫の寝るところ
春の蝶ふと止まりてはもどりくる
1 青嵐
ふぐりだし猫大の字や青嵐
猫それぞれ風の涼しき場所えらぶ
夏風や耳鳴りさわさわ涼やかに
駄句ばかりうみだす夏のけだるさよ
夏たける鼻毛を抜けば白髪なり
（2010・8）
１ 軽井沢の教会
（ICUの教え子の
結婚式。
2010・8・21）
軽井沢夏風すぎるチャペルかな
水面のかげチャペルの窓にゆらぎおり
水面ゆれ司祭の祈り夏静か
夏風や新しき夫婦の誓いかな
夏風に結婚指輪光りおり
新しき夫婦はるかに雲の峰
１ 夏すぎる
書斎しずか過ぎゆく夏を整理せり
スズメ蜂暗殺すれば庭黙す
子猫の目すぎゆく夏をみつめおり
１ 秋彼岸
彼岸此岸雲の旅する秋の空
千波に一波岸壁に吠える秋の波
秋風やわが身をぬけて野に散りぬ
白秋に赤秋という秋もあり
（赤秋とは、青春に対する
言葉として仲代達也さん
の奥さんで女優のの宮崎
恭さんの言葉とか。
「真っ赤に燃える太陽の
ように過ごす老い」の
ことで、枯れた老人の
ことではない）
（10・8・23）
１ 新そば
新そばや夫婦となりて長きかな
禁煙も二四年やいわし雲
夜半目覚む時雨かすかにすぎさりぬ
時雨るるや息子未明のほろ酔いで
猫二匹秋空の隅眠りおり
（2010・10・9）
秋風や死神亡者をなぐさめぬ
柿たわわ一王国のごと光る
新宿やおでんのかおる秋時雨
名月や子午線散歩して帰る
（2010・10・21）
１ 新酒
升酒や口から寄せる新酒かな
晩秋や喜寿のわれにも色気あり
喜寿さやかわが身すぎゆく秋の風
（TVで吉田類氏の
「酒場放浪記」
を見ながら晩酌）
吉田殿秋の夜長のお相伴
（2010・10・25）
１ 高架線
高架線ゆったりゆれる秋の空
鉄塔の憂い顔なる秋の空
鉄塔のそぞろ歩くや秋日和
秋空や千波に一波海ゆれる
刈り込んで櫟いなせに秋の空
猫丸く鼾かすかな夜の寒さ
庭一瞬ねずみの走る初時雨
秋晴れやねずみなにかと忙しき
冬晴れ
冬晴れやねずみの暮の忙しさ
１ シャンゼリゼー
類人猿揃って秋のシャンゼリゼー
類人猿秋のシャンゼリゼーのベーゼかな
（10・11・16）
１ 耳に木枯らし
耳鳴りや冬の潮のさむざむと
闇深く凩耳に吹きつのる
冬の海波濤とどろく耳の中
寒雷の一日やまぬ耳の中
耳鳴りの果てるともなき冬の海
耳鳴りや寒々とよせる潮かな
（2010・12・20）
（このところ耳鳴り
低くなりあまり気
にならない。
16・11・6）
１ 新春 2011年
猫眠る去年は今年とうつりけり
藍ふかく目白ついばむ木守柿
一寸ほど日に日に伸びる春日かな
われ傘寿成人式を四度すます
家族三人猫二匹静かに暮れる松の内
花久蘇やほじりつくして夜の寒さ
（11・1・10）
１ 妻の従妹の葬儀あり
春霞棺に人は眠りおり
春雷や棺の人も聞きおらん
炉とじてすすり泣く声や涅槃西
人も花も荼毘に付されて白き春
束の間に人の消えゆく春の空
焼かるるも埋めらるるも嫌桜散る
（11・2・6）
１ 春立つ
ひよどりの羽風かすかに春めきぬ
裏路地の垣根まがれば福寿草
（11・3・2）
春立ちぬまた「それから」を読みはじめ
「それから」を読みあぐねおり風ゆるむ
春宴独り身の老爺多かりき
春立つや酒屋に二升頼みけり
（11・3・7）
春たつや八十の身の潮かな
１ 東日本震災
(2011年3月11日「金」
14時46分18秒。
観測史上最大の地震。
二階に息子といる時）
激震にただ茫然と座りおり
地震津波原発事故と春崩る
激震に春空ゆれて崩れたり
春ゆれて階段の本なだれおつ
被災地の御霊鎮めるか春の雪
春の空すべてを知りて静もりぬ
それぞれの日々に戻れる春あらん
津波ひく人々の思い消え去らず
遠き春わが家崩れし黒き渦
（中学二年、13歳、
仙台の広瀬川の
洪水で家くずれ、
家財すべて流れ
る。1945年。）
揺れ激し仁王踏ん張る春の門
春ゆれて仁王わらじをふとつかみ
門出でて仁王みつめる春の空
激震に吽形の仁王口明けぬ
「吽形（うんぎょう）の仁王は
恐ろしい顔だが、阿形の仁王
と違って口を閉ざしている」
１ 春動く
耳鳴りの果てはありけり花暖簾
（耳鳴りは一杯飲むに限る。
最近2018年、あまり気
になるぬ程度となる。）
佐保姫が訪ねきそうな酔い心地
春の雲機影出でては藍の中
春の空機影一寸ほど光る
余震多き春の一日の長きかな
春の空時は黙然と流れおり
（2011・4・20）
政争は弥生のなえの余震かな
政争の彼方被災地しずもりぬ
１ 春うらら
春の雲なお憧れの失せぬまま
ふと妻を実存哲学春うらら
老春や金持ちならぬ時持ちに
春うらら猫欠伸して雲動く
子猫走る走れば春の闇動く
猫走る春雨しぶき地がゆれる
春うらら猫まち顔の猫がいる
分去の片道はいつも春ならん
（分去・・わかされ
・・径の分かれ）
細道に旅立つ人やなえの里
（陽暦4月29日は
芭蕉が奥の細道
旅立った日）
白黒の駿馬並びゆく春の街
（4月29日。英国
皇太孫の結婚式）
春雷や夜更けの町の浮きあがる
尾久杉に水あふれくる春の音
（11・5・1）
耳鳴りは命の音よ春の声
（11・5・12）
１ 五月
五月晴れ小路に人の声もなし
五月雛今年も飾らぬ夫婦かな
うな丼や五月の鯉を眺めくう
桜鍋おぼろに更けゆく酔い心地
若き日は春をもとめてはしご酒
(11・5・23）
春人事人は骨董品か品定め
喉しめしホトトギスもらす初音かな
ホトトギス四十雀競う初夏の空
（春、戦時中の中学二年
農村動員を思い出して）
一斉に鮒追いかける田植えかな
（11・6・4）
１ 夏の雨
（震災・津波の被害
はなはだし）
余震はげし夏の雨降るなえの里
余震続く草餅二つ食べて寝る
ためらいつ時のすぎゆく老いの夏
夏たける桜貝ほどの猫の舌
腹だして猫も冷房に吹かれおり
１ むかご
秋雨や垣根にゆれる零余子かね
木枯らしや吹かれてあそぶ烏かな
１ 亡き犬
（亡くなった犬を思い出す）
亡き犬の小さき墓や雪つもる
雪にまろび駆けたる野辺に犬の影
雪ふるや亡き犬空に吠えおらん
（ハスキー犬ロッキー、2002年4月2日
朝８時 亡くなる。15才。
アメリカのロッキー山脈の麓で生まれ
たのでその名をとって）
11年12月9日朝
初雪に詠む。
（また犬を飼おうと思ったが
獣医さんにあんな素晴らし
い犬はいない、むしろ猫を
といわれ、ロシアンブルー
の雄を飼い一匹では寂しい
だろうと、三年後アメリカ
ン・ショートヘアの雌を飼
う。
今、可愛い猫たちに癒され
ている）
雪はげし奈落の底に猫と寝る
風吹おり家内は猫の添い寝する
雪しまき天空の果て月かける
（皆既月食
11・12・10 ）
１ 2012年の春
雨雲をちょいとめくれば春の空
（テレビで「剣客商売」
を見て）
闇深くつぶて消えゆく春の雨
小兵衛一閃春の闇夜を切り開く
明石潟こぶし咲きそむ古家かな
こぶし白く明石潟赤く並び咲く
（近くの野川散策）
あざやかに抜き手をきるや初蛙
春の夜の政治討論音消して
（音を消して消すと
パントマイムのよ
うで面白い）
花曇り老友二人旅立ちぬ
（大学時代の友人と
大学教員時代の友
人相次いで亡くな
る）
もう一杯と注ぎあいし友は春逝きぬ
１ 花曇り
人よりてにぎわう墓地の桜かな
花曇り薄化粧して猫の町
空歩む人の声する五月かな
緑陰の水の深さや谷の春
春の宵自意識納め駅を出る
春の宵自意識ひっそり歩みおり
「カラマーゾフ」春更けてなお読みあぐね
花吹雪小路ひっそりはなやげる
夕日影鈴蘭海老根枯れそめぬ
梅雨晴れ間親子呼び交う雀かな
（12・5・11）
１ 炎天
戦終え軍馬軍犬帰らざる
（12・8・12）
寅さんや炎天いずこの旅ならん
夏暮れるひげの伸びたる男あり
猫殿の腹出して寝る残暑かな
（12・9・3）
書を積んで読んだ気でいる暑さかな
夏雲やひたすらそうめん痩せもせず
小用足しさらりときえし夏の夢
１ カラスウリ
風たちぬ宇宙は無限の秋となる
秋空や宇宙の果てまで澄みおらん
（12・9・9）
振りむけば透明な秋がいた
読書力衰えてぶらりカラスウリ
（12・9・20）
秋風や太刀魚一閃きらめきぬ
（12・10・3）
秋晴れやふと杉葉子思いだし
（「青い山脈」の女子学生。
1949年作。戦後まもな
くの青春群像。清新な映
画だった）
（12・10・11）
鯖雲やいずこの空に移りゆく
（12・10・13）
わが命宇宙の秋に漂流す
秋晴れや寂光に命洗いおり
（12・10・15）
秋雨や熱燗腹に二合ほど
学問は遠くかすみて秋静か
（12・10・19）
１ 鬼平
（秋になると何となく
「剣客商売」や「鬼平
犯科帳」を読みたく
なる）
夏たける鬼平冷を角でのみ
五月雨や与力のひそむ闇夜かな
鬼平や江戸の秋風吹きおこす
秋深し鬼平いずこで呑みおらん
秋雨や与力の走る江戸の町
１ 秋思
古里や父母姉のなき秋の空
文化勲章テレビの恩師元気なり
木枯らしや書斎静かに猫ねむる
秋空や三界に家なき男ども
秋空に刃物一本忘れおり
１ サバンナ
（五十年も昔、中野で雌ライオンを
飼っていた飲み屋があった。
小さな檻にいつも静かにしていた。
二年ぶりに外国から帰ったが中野
に行くこともなく忘れていたが、
ある時、テレビに紹介されている
のを偶然見ることがあった。
ライオンは時々二階のベランダに
出ていたらしい。広々とした空を
みて、ライオンはなにを思ってい
たのだろうか。なぜか哀れな感じ
がした。）
秋空やライオン偲ぶ荒野かな
秋更けてライオンサバンナをかける夢
秋の夜の酔客静かに獅子眠る
（12・11・7）
１ 教え子に子が生まれしとあらばしり
雲動かず空も愁思のごとしずか
(12・11・11）
1 吹雪
古里はテレビの彼方吹雪おり
（家の外に置く寒暖計、
マイナス６度、かっ
てない寒さ）
マイナス六度この町凍てて沈みおり
（12・12・10）
（年賀欠礼の便り多し）
冬晴れやさまざまな人去りにけり
（テレビで金閣寺に雪
が激しく降っている）
雪しまき金閣仏の眠るごと
（北朝鮮のミサイル飛ぶ）
ミサイル飛ぶ冬空深き藍の果て
（12・12・13）
はるかなるこえのよびあうふぶきかな
（12・12・26）
１ 年あらた。暖かな日。
2013年1月9日
冬空
（ふと、書斎から窓の外を見ると
国際基督教大学西側の高いポプ
ラの梢が剪定されていた。40年
前はまだ小さかったが、今や大
木となり亭々とそびえている。）
冬の雲突き刺すポプラ切られけり
冬空のポプラの梢に人の影
冬空にポプラ切られてもの言わず
冬空にポプラの孤影残りけり
牡丹雪吹雪粉雪夕氷雨
雪しまき目白ついばむ木守柿
寒椿大寺伽藍の雪崩れ
春めくや大寺伽藍の雪崩かな
鐘一打伽藍の雪のくずれおつ
（13・1・13）
大吹雪息子なじみで呑みおらん
玉子酒古里遠く吹雪おり
１ 啓蟄
春近し心平の蛙まださめず
（草野心平の詩。
「冬眠」の蛙）
（13・1・22）
梅香る片手で会釈猫とおる
上ゆくと下ゆく春の人事かな
団十郎写楽の顔で春逝きぬ
（13・1・22）
春二番花びら筏流れゆく
春あらし桜曼荼羅並木道
（13・3・13）
梅雨晴れ間玄関いづれば青大将
さくらんぼ一粒ごとの命かな
春うらら猫とはまさに寝る子なり
（13・6・25）
１ 秋日和
皓々とわが名をよぶや秋の風
（13・9・12）
クレーン聳え秋空に雲運びおり
（13・10・15）
秋空や邪馬台国が流れゆく
満月やあの世の国をのぞき見る
耳かきや分け入っても秋の空
（13・10・28）
秋晴れや夫婦は老いて子は壮年
（13・11・10）
酒うまし松茸ご飯はよきおかず
われ八一半壽というて祝う秋
１ 木守柿
古里の妹病みぬ木守柿
妹の病の便り木守柿
柿一つ残れる空の広さかな
木守柿ただ一点に空冴える
鯖雲に柿はたわわに鳥帰る
（13・11・11）
（われ八十、自在に生きる）
冬空の藍の果てなる八十路かな
冬空に背のびして欠伸われ傘寿
冬空や死はまだ遠き八十路かな
（13・11・29）
猫の子のあふるる命冬眠る
冬ざれの猫の夫婦は添い眠る
（13・12・9）
あの世この世雪降り続く音かすか
（13・12・25）
たゆたいて雲別れ行く師走かな
大晦日猫もなにかと忙しき
（13・12・31）
１ 2014年 新年
元日や日矢のつらぬく天地かな
（2014・1・1）
大寒やふと水仙の芽の一寸
如月の一日つみたる蕗の薹
蕗の薹味噌汁熱く香りけり
春の雪原爆ドームに降り積もる
１ 明石潟
明石潟地に伏してなお繚乱と
明石潟音なく落ちてはなやげる
明石潟うち重なりて雪に散り
１ 四季の移り
潮干狩り空に貝とる沖の人
（14・3・31）
もう元に戻れぬ道や春暮れる
（14・4・5）
「ふと戦災の焼け跡
を思い出す」
桜草地獄に春の花咲くや
桜草昭和の戦終わらざる
（14・4・10）
ものすべて北になびける春あらし
（14・4・25）
罌粟ほどの虫這いいでて春動く
「夜更け二階のガラス戸に
どしんと音がして、見る
と白鼻心がしがみついて
いた。近寄ると二階の屋
根に飛び見下ろしていた」
春の夜や窓に飛び来る白鼻心
（14・5・26）
息子来る夏の熱気の吹ききたる
（14・8・17）
鰯雲いつしか天に秋ひそむ
（14・8・30）
灯台や満ちくる秋の潮灯す
（14・9・1）
秋空や八十路過ぎたる身の行方
（14・9・7）
１ 秋晴れ
秋晴れや底に静もる父母の墓
秋晴れや宇宙の果ての墓標かな
（14・9・26）
秋晴れや子猫のもらす寝息かな
秋晴れや母の声ただよう雲の果て
誰やらの声のささやく秋の空
１ 秋色
名月や猫を散歩にさそいけり
月食や猫も見つめる世の不思議
（14・10・8）
鯖雲空の果ての波の音
古里は稲穂実れる北の果て
天高くわが身実れる八十路かな
秋風や俳句は下手なままでよし
（14・10・10）
雨どいに零余子のゆれる小雨かな
（14・10・14）
べったら漬け秋の一日を伝馬町
ベったら漬けかじればほのかな甘みかな
（14・10・19）
秋風や 鈴蘭赤き実が二つ
秋風や迦陵頻伽の鳴く夜かな
夕時雨烏瓜一つ灯りおり
秋空や海鼠のような雲ひとつ
秋空やいつかは死ぬ身としりながら
いつまでかこの身生きるか秋の風
燗酒や秋の夜風のものがたり
（14・10・28）
秋深し命ある身は命食う
人それぞれそれぞれ過ごす秋の夜
（14・10・31）
秋雨や悔いなき人のあらんかな
（14・11・1）
１ 夜寒
「われ82才」
生きしほど生きることなき夜寒かな
（14・11・3）
冬銀河戦敗れて半世紀
子猫眠る秋空かって戦あり
木枯らしやわれは傘寿の素浪人
議会解散
解散に師走の街の人急ぐ
木枯らしや万歳をして素浪人
（14・11・29）
１ 我が家の猫
（九歳の雌猫が、ガラス戸
ごしに風に舞う落ち葉を
じっと見ている。物思い
に沈むか。）
からす瓜母と呼びあう子猫かな
落ち葉舞う子猫のはらから散りじりに
（14・12・2）
2015年 新年
１ 新年や良き年なれと屠蘇祝う
年越しの酒新玉の酒となる
今年また家中猫の暦だけ
戦終え月日はすぎて春傘寿
（15・1・28）
１ 年あらた
雪原の彼方虹立ち春ほのか
冬の夜や目刺しに潮の香りあり
（横綱の取り直し）
軍配の異議に異議ある初土俵
寒托のテレビに冴えて燗の酒
衆生の生き抜く声や吹雪おり
峰々の深き眠りや雪激し
恵方巻き妻と吉方捧げ食う
豆まけば歳徳神の待ちおりぬ
今年また日々は同じよ春立ちぬ
（15・2・9）
春の空行雲一笠の遍路かな
（15・2・13）
離れてはまた寄りそえる春の雲
（15・2・20）
春うらら棚に積みたる学会誌
猫ねむる春はそこまで来ています
（15・2・23）
１ 戦艦武蔵
（海底深く眠っていた
戦艦武蔵発見）
武蔵よりかすかな無電桜散る
大空襲幾多の命海にあり
春空の鎮魂の雲みんなみに
この平和幾多の若き命かな
（15・3・12）
１ 明石潟
明石潟氷雨に凛と散り敷ける
蕗味噌や口中春のあふれけり
（15・4・7）
浅緑風の染ゆく小庭かな
青葉道登りてゆけば空のなか
春たけなわ猫つっぱって大あくび
（15・4・24）
石めくるムカデヤスデの春の宴
もう一つありなん地球の春いかん
ルピナスののびゆく空のかすみかな
（15・4・30）
１ 憲法改正の声高し
軍靴響き迫りくる夜の青嵐
おけら鳴く貴きものを守らんと
風光る礎崩すものの音
（15・5・3）
春闌けて闇より叫ぶ死者の声
闇ふかく死者叫び合う春あらし
（15・5・15）
兵士らの軍靴ひびける春の闇
（15・5・28）
１ 夏暮れる
梅雨しずか三半規管に医者の声
（15・6・13）
夏雲の峰越えてゆく燕かな
（15・8・16）
海鼠這う海底静かに夏となる
（15 ・8・20）
迷い猫の鳴き声細る夏の雨
夕立に子猫の声のほそぼそと
（15・8・23）
秋空に猫みゃとなく日和かな
１ 息子結婚す
耿耿と息子華燭や秋日和
花嫁の白きドレスや秋そよぐ
新しき夫婦となりて柚子かおる
われ酔いてお礼のあいさつ秋の風
（15・10・4）
１ この頃新聞記事の訂正多し
訂正記事なき日寂しき秋日和
（15・10・11）
小路八軒植木屋来たり秋暮れる
湯船より見る木守柿宵の月
（15・10・25）
今年2016年の夏に二週間入院。
家に帰ってパソコンを開くと
短歌と俳句が消えてしまって
いた。
他の文章は残っていたのに不
思議なことである。2015年の
10月まではプリントしておい
たので書き直したが、それ以
後の今年2016年の秋までに
入力したものはプリントをし
てなかったので、残念ながら
再生できず、残念。
それにもめげずまた駄句駄句
と書き出すつもりである。
2016年11月11日
「秋二週間 武蔵境の病院に入院」
（16・10・5～10・18）
六階の病床より
遥か秩父連峰を見る
病床の果ては秩父の秋の空
「六階の病室より武蔵境の
白い街並みが見える
秋風や静かに白きビルの街
（16・10・19
退院して詠める）
晩秋やもう戻れざる道歩む
（16・11・15）
１ 平成29年1月
いつの間には平成も29年の1月。早いものであっという間に
月日は移る。昨年、癌二つ発見、あれこれと案じながらもう
年は過ぎる。
癌病んであれこれと考え、俳句を作る余裕もなく過ぎてしま
った。
しかし癌と向き合うゆとりも少しでてきたのでまずは、パソ
コンを開く。今日は薄い青空に雲がただよう。平凡な風景も
なにか新鮮に見える。
癌に打ち勝つには心の持ち方一つという。癌など気にせず心
楽しく生きようと思う。向家の壁に木の枝がくっきりと映り、
静かに静かに移ってゆく。まさに時の流れを見ているようだ。
枯れ枝の影移りゆく冬日かな
（2017年1月23日）
１ 明石潟
落ちてなお凛と咲きたる明石潟
落ちてなお雨になまめく椿かな
（2017年3月11日）
1 春の猫
春うらら猫添い寝する昼下がり
猫が来て欠伸してかえる春の夜
（17・4・24）
１ 沈黙の春
我が家の狭い庭にもかってはたくさんの野鳥が
来ていた。餌場にはときに数十羽の雀や野鳩、
梅の木には鶯、目白など。
昆虫も多く、ナナフシ、カマキリさらに石の下
には極彩色のムカデ、げじげじなど。
しかし今は鳥も来ず、虫もいない。ゴキブリま
でも訪ねてこない。
近くの野川という川には、かっては鯉が群れを
なし、さまざまな魚がいてよく釣りをしたもの
だ。いまは手入れもしないので川幅が狭くなり
魚影も見えない。まさに沈黙の春だ。
いつかまた鳥が鳴き川に魚影の濃い日が来るだ
ろうか。
（17・4・28）
１ 春昼
わが庭の沈黙の春鳥も来ず
春の夜の爆音いずこに飛びゆくか
食細く足の萎えたる老いの春
春の日の小雪せわしくしづくかな
（17・5・1）
若鮎のごと機影すぎゆく春の空
鯉のぼり少年の日のながれゆく
（17・5・5）
なにごともなきことつづる春便り
ひさしぶり息子とまずは春の酒
（17・5・14）
1 戦時中の農村動員を思い出す
中学２年生
苗ほうりさっと受けとる田植えかな
風吹きて見わたす限り早苗ゆれ
（17・6・12）
1 卯の花
卯の花や息子の嫁のよき便り
アマリリス緑の庭に紅一点
（17・6・20）
サバンナ
夏嵐はるかサバンナの響きかな
（17・7・17）
駄句駄句と詠みて今年も夏すぎる
（17・8・23）
西瓜割るふとなつかしき幼き日
（17・8・25）
１ 「はるばる日本から来た客を
アメリカの友人が出迎える。
テレビでみる。」
青空を予約しておいたよと客迎え
（17・10・12）
１ 晩秋や戻れざる道歩みおり
（17・11・16）
1 愛猫 グﾞリ 亡くなる
昨日、12月2日（土）午後4時45分、下から登ってきて私の
側に座ったグリ（ロシアンブルー 15才）が突然口を大きく
開けて三度吐くような声を出して絶命した。
信じられないようなあっけない、そして壮絶な最後で会った。
何度ゆすっても起きず体は温かい。妻と折から来ていた息子
も下から駆け上ってきた。妻は泣き声で必死にグリ・グリと
叫び続ける。本当に亡くなったとは思えなかった。
なんとも悲しく寂しい、
冬空や亡き猫雲の姿して
ミャーと鳴き現れてこよ亡き猫よ
夜の時雨猫もぐりきし床の中
（2017・12・6）
１ 朝寒や亡き猫に陰膳魚二匹
（2017・12・7）
2018年
１ 蒼空
蒼空に一月の光あふれおり
一月の蒼空天をつきぬけぬ
一月の蒼空地平に雲の峰
一月の蒼空甘酒身にしみる
一月の蒼空雲の動かざる
正月や地平の雲も静かなる
東京の蒼天遠く雪崩あり
（夜は吹雪）
始発電吹雪の中を音もなく
（2018・1・25）
1 如月の残雪凍る氷雨かな
（18・2・1）
１ 初孫のお食い初め
乳飲み子の春風つかむもみじの手
乳飲み子は両手に春風にぎりしめ
寿司みつめ猫はまぐろをまずねだり
（18・4・5）
1 外科医の窓秋空眺める猫がいる
（2018・8・30）
１ 時は秋
芭蕉殿そちらで秋風吹きおるか
閻魔殿こちら秋風みな善人
（18・9・4）
1 激震に秋の列島揺れうごく
秋の雲なにごともなく静かなり
秋の雲すべてを知りて静かなり
（18・9・11）
ふと見上ぐ朝空に秋過ぎゆきぬ
（18・9・18）
秋の雲狆の姿ですぎゆきぬ
（18・10・14）
パリの秋いかなる日々を過ごせしや
パッシーのカフェーにいこう秋の暮れ
（18・11・２)
これ以後と2019年の正月の俳句
消失？？？
1 妻入院老夫冬空に浮いており
（2019・1・12）
猫が来てちと暖き冬の夜
（19・2・4）
最終の電車すぎればなお寒き
（19・2・24）
春寒や小路八軒二軒は空き家
（19・4・25）
平成が令和にうつる夜のふかさ
（19・5・1）
夏風や通り抜け自由のわが家かな
（19・5・27）
１ 白内障手術
5月に左眼、8月に右眼の手術。
すっきりとした感じ。新たな
両眼で人生の再出発という感
じである。
白内障直してみる世は夏さなか
眼の手術緑さやかな夏の朝
眼の手術かわらぬ妻の夏姿
(19・8・16 )