安藤勝美 俳句 短歌 一寸いい話
短歌 ２
2008・8・13～
安藤 勝美
すべての短歌消える。
記すべき短歌にあらずと一瞬で
蕭蕭としてすべて消え去る
一部復活したか？？
１ 秋の日
八月は鎮魂の日々南（みんなみ）に
雲わきたちて西に流るる
（08・8・13詠）
樫の木に秋雨激しく吹きつのり
滝のごとくに幹流れおつ
（08・10・24）
蟷螂はまぐわい雌は雄をはみ
卵をうみて枯れてくずれり
巨大なる赤子のごとき姿して
秋の陽に映え雲流れゆく
藍深き冬空に櫟枝のばし
祈るがごとく春をまちおり
古希過ぎて大人にならざる友ありて
まだ育児中かとからかいてみる
１ 秋雲
その昔仲間集いし店しまる 通いし小路に秋の風吹く
愛想良き女将は記憶定まらず なじみも忘れただ酒運ぶ
若き日に集いのみたる西荻の
バーの灯（ともしび）闇にうきおり
秋風に子猫哀れやミャミャと
母求めてか今日も鳴きおり
わが側に猫きて寝るもいとしけれ
背中なでれば尾で応えおり
１ 年なるか病おおし
梅雨晴れて緑野山にあふれれど
わが肝臓に癌のしのべる
肝臓がんされど胃と腸に癌はなし
それでも嬉しまずは乾杯
１ 秋麗
九年ごしの心臓の病いえたりと 医者の言葉よ陽の赤々と
CTスキャン心臓の青き影きえて
心臓すべて赤い血の色
肝臓の影がんとはいい難し されどしばらく様子をみると
（09年 夏）
肝臓の医師カナダに移りけり
わが肝臓が挨拶送る
（09年10月13日）
１ 耳遠く時には言葉聞こえぬと
妻老いたるやわれも老いたり
パソコンの故障直して秋の夜は
ビフテキ食いて酒のうまかり
（09 秋）
１ わが友耳鳴り
心臓の病癒えれど虫千匹 耳の中にて鳴きつのりおり
耳鳴りや鈴虫松虫くつわ虫 真冬の空で鳴きつづけおり
（耳鳴りは80歳過ぎてより次第に収まる）
１ 喜寿
何ごとか良きことあらんと生きており
喜寿過ぎし身の日々のすぎゆく
定年となりてのんびり過ごす日々 人生最高の幸せなるか
猫たちが布団の上の場所争い 目覚めし妻が場所決めており
いつまでも子猫と思いし猫いつか 八歳と五歳の春眠りおり
梨の園花咲く小道しらじらと 陽のかげろいて風のすぎゆく
（2010・１・27）
１ 中央線
中央線若き女はどら焼きジュース
化粧携帯そして眠りぬ
初夏の空ふとよぎりゆく白き鳩
鴉に襲われしが生きておりしか
教壇を去るも一つの仕事なり
生きるとはそも尽きぬ働き
その昔犬を襲いし蛇痛めぬ 老いて思えば哀れとおもう
１ 教え子の結婚式・軽井沢の教会にて
軽井沢教会前に式服の 若き二人に風薫りゆく
水面渡り夏風そよと吹ききたり
花嫁の裾ひるがえしゆく
笑み歩む花嫁の白きローブゆれ
彼方に白き夏雲のわく
教え子の照れたる顔はまぶしげに
チャペルに花嫁と握手しており
われにもしむすめありせばかくのごと
美しからんと花嫁みつむ
（2010・8・2１）
１ 夕餉
夕餉終え妻は静かに居眠りす いつか久しき妻の習いよ
ながながと妻は夜毎に電話する 傘寿近きわれまず電話なし
男とは電話は短きものなりぬ
やあやあじゃねと電話は終わる
年とれば酒飲み飯食い天命の ままに生きおり秋風の中
この町に人生のなかば住にけり
本屋にすし屋みな店しめぬ
わが町は寂しき町よ本屋きえ 花屋もきえて夏はすぎゆく
（2010・9・23）
１ ある教授
（学生時代、仙台の大学近くにある下宿屋に住んでいた。
高名なまた謹厳な刑法の教授と下宿前で偶然出会った。
安全カミソリで髭を剃りながら歩いておられた。）
ひげそりつ和服の教授歩みくる
いぶかり問えば「床屋」へと笑む
還暦近き教授を老人と思いしが
酒飲みおれば教授若かり
１ ある童話作家
（呑み屋で時々会う人）
人間とは面白きものよ酒乱なる
男優しき童話書きおり
１ 原爆忌
冷やかな水手にとりてふと思う 原爆に水もとめし人を
原爆に命はてたる人々を 新たに確認するは悲しき
百一冊の原爆被害報告書 英訳されて読む人はたれ
１ 「昨年よりこの欄長き不在。
歌心寒々と冷える。年あ
らたまりはや3月となりぬ。」
癌知らせず穏やかにわれと酒飲みし
友永久に去る春浅き日に
１ 東日本大地震・震度９・津波
（２011年3月11日・金・
14時46分。）
激震になすすべもなく座りおり
物つぎつぎと身に崩れくる
海なんか無いほうがよいと老婆泣く
瓦解せし町に雪降りつづく
家々はすべて崩れり人々は
瓦礫の中に家族呼びおり
震災は人災となりぬ救助待つ
人々四日なにも食せず
停電の薄闇に強き地震あり
人形ゆれて生けるがごとく
１ 初夏
この小路小さきおのこ一人おり
鯉のぼり空に泳ぐ五月よ
あの道はいずこの町か若き日の
わが歩みゆく姿消えゆく
人生をハウツウで生きる若者よ
人はホワイで始まり終わる
震災で亡くなり人15、854人
約15、000と聞くは哀しき
アパートのわかき女はヴェランダに
布団干しまま夏の雨降る
（2011・7）
部屋隅にたたみし布団に猫眠る
時雨の音の昼下がりかな
つくづくと眠れる猫を見しおれば
悲しきほどにいとほしきかな
（2011・10・22 雨の日）
平均寿命わずかに過ぎし男われ
晩秋の赤き林歩める
「一点の雲なき冬空」
からす二羽冬空ふかく流れゆく
戻りてはまた吹かれあそびぬ
（11・12・５）
１ 「仙台時代の下宿仲間と
東京に集う。50年ぶり 」
仙台の下宿の友ら懐かしき
五十年ぶりの一夜楽しむ
友のくれし写真に若きわが姿
母の縫いたる紬きており
（2011・冬）
１ 友の葬儀
大学の教会に友の葬儀あり
ともに教師の日々を偲べる
教会に友を偲びて人々の
讃美歌静かに空にながるる
春の日は静かにすぎぬ夕焼けに
機影きらめく命あるごと
（12・春）
１ 春憂
おす猫はチーズめす猫花がつお 春の夕餉を猫とたのしむ
食細く体動かず気もなえる 人老いるとはかくなるものか
わが影の長くうつれる多摩川の 春の夕陽の赤き命よ
野川には柳の並木道しろく 犬とあゆみし日の遠きかな
（2012・4・11詠）
１ 「大学同期の友人が亡くなった
ことを新聞の訃報欄で知る。
三か月に一度の仲間の飲み会
で会ったのが最後となる」
訃報欄大学同期の名のありぬ 独り偲びて盃ささぐ
十五人の大学同期の例会の 一人欠ければ献杯しずか
１ 中寿・八十歳
われ中壽坂の途中で一休み 上下眺めてさてと歩める
われ八十見ざる言わざる聞かざるなど
とてもじゃないが守る気はなし
今日もまたただただ無為にすごせしか
否無為ならず命つなぐは
１ 「亡くなってもう十年の犬をよく
思い出す」
亡き犬を偲べば心ほのかなり 今も寄り添い歩む春辺を
１ 東北に生まれて
「東北学」などといわれて楽しからず
その言葉なにか違和感おぼゆ
「東北学」いかなる遠き国なるか
われら楽しく育ち生きおり
東北を体系化するほど未知なるか
それほど不思議な地域にあらず
（長いあいだ「アフリカ研究」
をしてきたが）
アフリカに住みて旅して学びたり
「アフリカ学」とはなぜかなじまず
（12・6・４）
１ 白き蝶
灯をしたい迷いきたりし白き蝶
放てば翌朝万緑の中
（12・6・７）
新訳の「カラマーゾフ」求めて幾年か
積ん読ひさし読みたる気分
読みたき本山ほどありて積んでおり
眺めておれば読んだ心地す
われ八十妻と言い合う元気あり
論理にあらず気力が肝要
長唄できたえし妻に物申す
わがヴェルカント負けてはならじ
わが顔は亡き姉によく似てきしと
妻いいければ鏡みつめる
（12・8・12）
夕立に遠きアパートの干し物の
色とりどりに風に揺れおり
酷暑去り涼しき風の吹きこみて
窓あけはなち夕餉楽しむ
ようように秋風たてば窓あけて
夕餉を喰うは楽しかりけり
（12・9）
１ 尖閣の島に千艘の船せまる
島は黙してただ見つめおり
（2012・9・18）
１ たまに新宿に出て、
いつも南口を使う。
立ち食いの蕎麦に天ぷら卵いれ
駅片隅ですする楽しさ
新宿の雑踏の中にまきこまれ
個のなき男となりて歩める
（中央線・退職後は遠くに電車の響くを聞く）
五十年のりてすごせし中央線
わが人生もともに走りし
（2012・9・28）
ようように残暑も去りぬ杖をふり
野川の畔歩かんと思う
向家の薄黄の壁に秋の陽の
静かに照りて木影うつろう
ねがわくば美しく老いながらえて
老後楽しくと秋思いおり
（12・10・14）
向家の壁に映れる桐の影
静かに移り秋はくれゆく
（12・11・4）
（暗い所に入るのはまっぴらごめん。
閉所恐怖症なので ）
遥かなる海境（うなさか）見える丘の上
波音聞きつ眠らんと思う
海見える丘の上なる松原に
潮騒の音ききつ眠らん
柿の木にも寿命はありなん今年また
実一つつけず朽葉散りゆく
（12・11・7）
中野のライオン
「テレビで雌ライオンを飼っている中野の
蕎麦屋の話がでていた。かっては私が時
々通っていた飲み屋にいたが、ライオン
は客席のそばの狭い檻の中におり、それ
を見るとなぜか哀れな気がした。向田邦
子さんの随筆にも書かれていた。よく二
階のベランダに出ていたと。
その後二年ほど外国にゆき帰ってきたと
きは中野より遠い所に住んでいて会うこ
ともなかったが、時に思い出し気になっ
ていた。ともかく元気で生きていたのだ。」
狭き檻に静かに伏せるライオンは
酔客の声にただ黙しおり
二階の窓にライオン青き空みつむ
ひろきサバンナに夢をはせるか
サバンナに放たれ駆けるライオンの
姿目にみゆと思いつのれり
（その後ケニヤの草原に
ライオンの一群れが仲
良く憩っているのを実
際に見る。）
サバンナで見しライオンは木の陰に
一家睦みて静かに憩う
（12・11・7 詠）
１ 秋の陽
部屋に座し終日空を眺めおり
六畳管見世の移りゆく
なにするも自由の身なれば秋の日は
猫をなでつつ空眺めおり
研ぎ澄し刃物のごとき秋の陽の
わが身貫き地に散りしきぬ
（12・11・12）
１ 暮れ近く喪中の葉書数おおし
それぞれ若き思い出のあり
（12・12・３）
冬の陽の落ちる夕べの美しき
家並み赤く漂いており
（12・12・8）
2013年 新年
（今日は1月９日、この所朝の気温は低いが
零下にならず、むしろ日中は暖かい日が
続く。）
１ 長きこと歌心湧かず黙しおり
年あらたまり歌詠みてみる
年あらた年賀の返事書きおえぬ
教え子の便り家族ふえおり
（友の年始）
補聴器を買いたりと友の電話あり
お前の声が良く聞こえると
１ われ半壽にして盤寿
八十一歳祝いのシャンパンはじけたり
つどうは親子三人猫二匹
半樹より盤寿の言葉が良しとおもう
将棋盤のごとどっしりとせん
（将棋盤は縦の筋横の筋がそれぞれ
九段、したがって枡目は81となる。
それで81歳を盤寿という。 ）
１ 2013年1月15日。大島渚監督逝く。
1980年頃、パリで彼の映画が上映
されており、多くの人が並んでいた。
秋の陽のシャンゼリゼーの映画館
「愛のコリーダ」見る人の列
１ 息子近くアパートに移ると告げにけり
われも青春ひとりすごせり
１ わが家の猫
脱ぎおきしセーターを恍惚と猫踏むは
幼き日々の乳房しのぶか
茫々と時は音なく過ぎゆきぬ
猫を抱けば命の音す
わが頭足でつつきてミャーとなく
朝の七時の餌の催促
（13・3・12）
わが側でじゃれて遊べる猫老いぬ
われを見つめる眼やさしき
（13・6・23）
わが胸に前足ふれて寝る猫の
悲しきほどに愛しかりけり
（17・7・5）
１ あれこれと
いと小さき虫ほうむればなにかしら
哀れと思うわれの老いしか
国会の争い見ればそのたびに
黒き澱みを見る心地する
（13・7・22）
（あるパーテイで）
妃殿下と岡本太郎さんと立ち話 岡本さんの話楽しき
（13・9・8詠む）
松茸の香りただよい家族して
ほくほく噛めば山の薫りす
これよりは楽しく老いて生きゆかん
よく食いよく飲みよき歌よみて
（13・11・8）
退院しまた入院すと妹の
声細々と秋の暮れゆく
（13・11・10）
１ 猫
（家の猫二匹の喧嘩。この8年間仲よく
暮らしていたのに、偶々どっかの雌
猫が現れ雄猫が興味を示しサッシ越
しに体を寄せる。それを見て家の雌
猫が怒り出した。二階と下に離しや
っと一か月後に会わせる。てれてる
雄に寄り添う雌。なんともいじらし
い雌猫にほろっとする。）
仲の良き相方に怒られ寂しげに
われに寄りくる猫の愛しき
またいつか互いに寄り添う日のあらん
喧嘩別れの猫の夫婦よ
雌猫にうとまれわが側で寝る猫の
心労なるかこの子やせたり
（2013・11・21）
命あふれ駆けて遊びし猫老いぬ
愛おしければ腹撫でてやる
（14・3・19）
雄猫はその手でわれの手を押さえ
体さすれとうながしており
（14・7・6）
１ 2014年 初春
初春の空にただよう雲遠く
あこがれし日のはるかなるかな
（14・1・1）
武蔵野の名残りの櫟さむざむと
わが家の庭に春を待ちおり
（14・１・わが誕生日）
青々と森の若葉の風にゆれ
野川に小さき魚の群れおり
桐の葉をそよとゆすりて風光り
薄く霞める空に消えゆく
（14・５・28）
（夜、書斎の窓に灯に誘われてか
白鼻心がどさっと飛んできた。）
白鼻心二階の窓に飛び来たり
われを見つめる春の宵かな
（14・6・12）
神々や悟空の食みしネクタリン
わが庭隅に実の育ちゆく
（６・23）
１ 憲法 9条
「2014年6月26日の朝日朝刊の風刺画に、
憲法９条の鳩が矢に射抜かれて空にた
だよっていた。そうならざらんことを。」
射抜かれて九条の鳩落ちきたる
新聞挿絵しばし黙せり
九条の鳩射抜かれて落ちきたる
理念と現実のその狭き間に
（14・6・26）
１ 長き不在
歌を忘れて
歌詠まず夏空いつしか秋の雲
なにものか静かに世を移しゆく
（14・8・24）
秋空にただよう雲をみつめおり
動くともなく姿かわりぬ
（14・9・14）
秋空に雲わきたちて陽に映えて
雪山のごと輝きており
（14・10・10）
１ びっきとは蛙のことよ辞書になき
そは懐かしき里の言葉よ
（14・10・30）
猫眠る
わが側に休める猫はかすかばる
寝息をたててともに老いゆく
（14・11・11）
庭の木の高き梢に冬の陽の
たゆたい暮れて一日すぎゆく
（14・12・15）
１ 平成27年
新年
光あふれ空果てしなく澄み渡わたり
つぐみさえずる新玉の日よ
コノコネコ ウチノコ コネコ ヨクネルコ
イタズラ コネコ カワイイ コネコ
（15・1・18）
爽やかに澄みわたりたる今朝の空
サハラの旅の朝の心地す
（15・1・19）
冬の夜はベったら漬けに柚子きざみ
酒熱くして呑むは楽しき
（15・1・25）
白梅のさかりに紅梅咲き初めて
紅白の花庭にきそえる
（15・3・7）
明石潟すべて散りなば待つごとく
木蓮白き蕾ひらきぬ
春は今土手にひそかにしのびきて
小さき青き芽を育てゆく
（15・3・13）
卯月八日庭にあまたの花咲きて
零下三度の雪の舞いくる
（15・4・8）
十三と十歳になる猫夫婦
われら夫婦と共に老いゆく
（15・4・19）
１ 防人の歌
戦火絶え七十年は過ぎにけり
されど沖縄基地の町なり
日米の安保条約密やかに
軍備しだいに整えきたる
身を捨てる祖国はありやと人の問う
平和憲法まもる国こそ
１ 春深し
椋鳥は屋根にむらがり楽しげに
恋のさえずりさざめきており
隣り家の二階の樋の水飲みつ
椋鳥あそぶ朝のひととき
賑やかに椋鳥群れて鳴き交わし
春の朝の空に飛びゆく
（15・4・25）
春は今庭一面に花あふれ
えびね鈴蘭風にそよげる
（15・4・25）
夜の更けて小さき蟻はわが部屋に
さまよいおりぬなに求めてか
小さき蟻二階のわれの腕を這う
この春の夜になにたずねこし
（15・5・1）
亡き犬を偲びて
さわさわと五月の風に野の道を
犬と歩きし日々のなつかし
（15・5・2）
春風そよそよ
ふと余計なこ
とを考える
この世をば「ジャーネ」といいて去りゆかん
春の風吹くその昼さがり （15・５・５）
１ 薫風
春は今皐月の風のそよそよと
わが身に吹きて命萌えゆく
五月晴れ青くかすみてその果てに
時の過ぎ行くかすかなる音
（15・5・14）
鴉一羽すぎゆく淡き春の空
風吹き渡り木々のそよげる
（15・5・31）
めす猫のララ10才となる
梅雨晴れ間白き腹だし風受けて
窓辺に寝るはめす猫のララ
（15・6・13）
おす猫のグリ14才となる
「おいグリよ 死ぬんじゃないぞ」と撫でおれば
猫は見上げてうなずきており
梅雨晴れ間わが家の庭の木々は伸び
草ぼうぼうと命あふれる
（15・7・７）
１ 鶴見俊輔先生
２015年7月20日亡くなる
だいぶ前のことだが（1990年ごろ）、白
金の明治学院大学での会議の後、都留重人
先生と目黒通りの中華料理屋に入ると、鶴
見先生が四五人の学生らしい女性たちと食
事をしておられたが、都留先生に挨拶に来
られた。
ふとした出会いであった。ご冥福を。
都留先生と飯店に入れば鶴見先生
挨拶に見えし白金の昼
気骨ある知見ゆたかな鶴見先生
眼しずかに笑む顔やさし
（15・8・10詠）
１ 初秋
さまざまに形かえゆく秋の雲
雲は天才といいし人あり
（15・8・23）
戦争責任
あらためて村山談話読みにけり
その人柄か誠実な詫び
（15・9・6）
なにものかとわれをしげしげ見つめいる
そうゆう猫よお前はなにぞ
（15・9・28）
井の頭公園の池で
井の頭船より岸を見ておれば
此岸より彼岸見るここちする
傘寿すぎただ漫然と生きおるか
歌に命をつづるも楽し
（15・10・5）
１ 雄猫のグリ13歳となる
めす猫とこのところし
っくりいかない。あん
なに仲が良かったのに。
めす猫にすげなくされしおす猫は
悲しく鳴きてわれにすりよる
猫老いて階段ゆっくり登りきて
わが布団にて夜毎眠れり
猫老いてはボール追いかけることもなく
ボールかかえて噛みて遊べる
眼そらさずめす猫静かにわれをみる
さてこの男なにものならんと
（15・10・6 ）
わが胸に前足触れて寝る猫の
悲しきほどに愛しかりけり
（17・7・5）
１ 柿実る
柿の実のたわわに実り色づけど
雨おおき今年みのやわらかき
朝まだき二羽のこがらのとびかいて
柿の実ついばみたわむれており
（15・10・8）
ただよえる雲に命のある如く
姿かえつつ空移りゆく
（15・10・11）
蒼空を旅ゆくことはもうなからん
機影きえゆく空みつめおり
（15・10・20）
１ 小さな小さな虫
夜中、小さな小さなごま粒より小さい虫が
スタンドの光の中を飛んでいた。
昨年も見かけた本当に小さな虫だ。こん
な寒い冬の夜にどこで生まれ、どうやって
ここまでやってきたのだろう。
ふと姿が見えなくなったが、ふとみみると
本の活字の線の中で動いていた。
ただ一匹どこからやってきたのか、仲間は
いるのか、その命の不思議さをおもう。
コンマより小さき虫の飛び来たり
冬のともしび命舞いおり
いと小さき虫飛びきたりて本の上
活字の線にふと消えにけり （16・2・23）
本箱の一冊の本は逆さ立ち
意地ある本とそのままにせり
白鼻心二階の窓に飛びきたり
しばし我をみ闇に消えゆく
（16・4・29）
鶸色（ひわいろ）の柿の若葉の透き通り
春の陽静かに地に満ちており
（16・4・30）
「お若いですね」八四のわれに医師の言う
妻に語ればヘーといいおり
さわさわと夏風吹ける部屋にざす
風はわが身を過ぎて消えゆく
（16・6・5）
１ 前立腺さらに肝臓に癌ありと
激しき夕立ただみゆめおり
驟雨去り入道雲の湧き立ちて
明日癌手術の身を思いおり
今日入院空の彼方の雲重く
南に流れいずこかにきゆ
（16・10・1）
１ 2016年10月5日より18日まで
肝内胆管癌のため日赤入院
明日手術秋の入り陽のあかあかと
窓一面に燃えて消えゆく
CTスキャンがん半分はのこせしと
またラジオ波で再手術する
秋の陽に雲は白々かがやきて
命のあるごと形かえゆく
秋の陽の雲輝きて流れゆく
癌手術終えただ見つめおり
病院の長き廊下に入り陽さし
赤赤ともえ涅槃のごとし
病院の待合室に人あふれ
やがて去り行き入り日さしこむ
（16・11・1詠）
１ 吉祥寺小ざさ通ればその昔
土産にくれし友を思いぬ
（小ざさ・有名な菓子店 ） （16・11・17）
むこう家の若き女は今日もまた
布団干しまま夕べとなりぬ
（16・11・18）
人はみな時を背負い歩みおり
行く先は時の止まるところよ
（16・12・26）
2017年
１ がんを抱きて
がん癌二つ抱えて眠る冬の夜は
時は静かにただ過ぎゆける
がん二つそれでも楽しく生きんとす
笑いはがんの良きくすりとか
（2017・1・21）
青空に飛行機飛びてその姿
庭に立つわれに影を落としぬ
（17・2・21）
１ 東北大などがとらえた宇宙の
果ての電磁波「コーラス」を
テレビで聞く。
新しき星の生まる声なるか
星らさざめき寿ぐごとく
漆黒の宇宙の果てのコーラスは
神々ことほぐ星の誕生
１ 老い
老いるとはかくなるものか足弱り
食は細りて本はつんどく
（17・4・13）
郵便物とりに門まで杖を突き
春風のなか小さな散歩
（17・5・1）
柔らかな春の陽かげる向こう家の
壁に鳥影ひとつすぎゆく
（17・5・4）
日本国憲法養子のごとく70年
よくぞ生きのび古希をむかえる
（17・5・3
憲法記念日）
１ 国際基督教大学（ICU）の森
二階の書斎より見える
ICUの森ゆったりと風に揺れ
初夏の一日の暮れなずみゆく
ICUの森の梢の風に揺れ
梅雨空晴れて夏の空みゆ
（17・5・）
１ 金鶴詠氏への思いで
むかし19７0年代頃西荻のな
じみの酒場でよく飲み話した。
私は一カ月ほど外国に行って
いた時、呑み屋のおやじさんの
話ではよく安藤さんはまだか
と言っていたと。その後私が引
っ越したり外国に滞在したり
して会う機会もなかったが、
突如亡くなった。ご冥福を祈
る。
帰国して金鶴泳氏の死去を知る
西荻でよく飲み語りしを
胸の奥になにか悲哀のこもりたる
金鶴泳氏の言葉おもけり
（外国に長期調査のおり）
安藤さんまだ帰らぬかと聞きおりと
店主（あるじ）の言葉に彼をしのびぬ
（17・7・5詠。
金鶴永氏の思い出）
コロッセオ無人の遺跡に1人立つ
万雷の声耳にこだます
（ずいぶん昔のイタリヤ
旅行を思い出して。
19・9・16）
（操作ミスでホームページの短歌 の
欄を失う）
パソコンの 短歌の欄を失いぬ
いずこの空に彷徨いおらん
またこの後、短歌消える？。
（2019・10・2）
１ わが顔を鏡に映せば凝然と
われを見つめる翁ありけり （19・11・18）
「沈黙の春」のごとくかこの夏は
蝉もなかずにいつか秋空
（19・10・2）
一ミリほどの虫ら光に集まりて
つぎつぎ命果てていきたり
いと小さき虫らスタンドに飛びかいて
いつしか動かず命はており （19・10・4）
1 ふと大学院時代の研究室での
仲間との談話を思い出して。
あれほど愉快な談話と楽し
さは二度と経験したことが
ない。
大学院研究室の休憩時間
捧腹絶倒話はずみぬ
談話はずみ腹痛きほど笑いけり
あの青春の楽しき日々よよ
（19・11・1）
1 巨大なる芋虫のごときこぶつけて
桐の木凝然と冬空に立つ
（19・12・10）
1 ふと井伏鱒二さんのことを思い出す
大久保の飲み屋であいし井伏さん
幾度か楽しく談笑をせり
（19・12・22）
１ 新しき年を迎えて子と孫と
楽しき一日声のこし去る
（2020・1・1）
１ われ米寿家族して祝いシャンパンの
酔い心地よし喜寿にも酔わん
（20・1・13）
１ 冬晴れの明るき光地に満ちて
米寿となりし我が身つつまる
（20・1・22）
1 スタンドの光の中にいと小さき
虫のとびいる雪の降る夜に
いずこよりきたりさるのか一ミリの
虫飛び来る冬の夜かな
いと小さき虫の飛びまうあうスタンドの
外は静かに冬の雨降る
（20・2・11）
1 何十年も前の光景をふと思い出す。
こちらも楽しくなってしまった。
腹抱え爆笑の手話の若年ら
中央線の静かなる午後
（20・3・16）
三月の夕空飛びゆく竹とんぼ
人気なき街静かな医院
（20・3・22）
柿若葉黄緑色に輝きて
風のそよげば庭のはなやぐ
向こう家人々絶えて春の陽の
静かに照りて木々の花咲く
亡くなりし猫のつけたる爪痕は
柱に残り時になでおり
春うららコロナで家にこもりおり
猫が指揮して歌うたいおり
（20・4・27）
梅雨はしり庭に黄色き梅の実の
こぼれて一つ輝きており
（20・６・15）
今日もまた座卓に座りパソコンの
キーを叩けば窓は夏雲
パソコンのキーを叩けば夏雲の
空おおいきて遠雷の音
（20・8・16）
？
1 ひともとの杉の古木の春の空
カラスが１羽憩いておりぬ
崖下の路線に蒔きし菜の花は
十年たちて花道となる
（21・4・2）
大隕石落ちて人類生まれしと
宇宙の果てを見つめておりぬ
（21・5・８）
1 本の上いちミリほどの虫の這う
小さき命見つめておりぬ
夏風の桐の葉なべて裏返し
すぎゆく空の深き藍かな
（21・8・11）
さらさらと桐の葉ゆらし秋風の
過ぎゆく空は露草の色
（21・10・11）
今日は2022年1月17日、新年初めてのパソコン、長く
留守して、今日窓を開く、真っ白な画面に今年も短歌
を綴っていこう。